2016年05月25日

奈良県大宇陀に行ってきましたA

前回から少し間が空いてしまいましたが、大宇陀の旅の続きです!!

『薬の館』を後にした私達が向かったのは、薬草料理が食べられることで有名な『大願寺』さんですヾ(。・ω・。)

美味しい薬草料理にありつくにはこの石段を登ります。

階段.jpg

薬の館』を満喫しすぎて他の方に遅れをとっていた私達は、急いで『大願寺』さんの中へ。
(でも外観の写真は忘れません!(。・ω・)ノ)

外観A.jpg

お部屋に通され、現地で合流した方々の自己紹介。

それぞれ立場は違えど生薬、植物、漢方などに詳しいスペシャリストの方々でした!

私はその中のお一人と隣の席になり、色々教えていただきながらのお食事タイム。

なんでも『傷寒論』という、漢方を勉強するのに欠かせない古い医学書の中に出てくる生薬が、大阪府内でどれだけ集めれるかという研究をされているそう。
※存在はするけれど実際に収集してはいけない場合は、もちろん収集していないそうです

その行動力と熱意に脱帽ですっ!

肝心のお料理ですが・・・
(※これ以降の写真のセンスのなさはお気になさらないようにお願いします(;ω;))

どんっっ!!

薬草料理.jpg

上品で可愛らしいですね( ´艸`)

右上の小鉢に入った胡麻豆腐は吉野本葛を使用しているものです。

胡麻豆腐とは別に、吉野本葛のお刺身もありました。

葛.jpg

プルプルして絶妙な食感で大満足!

煮物は飛龍頭(ひりょうず)のあんかけ。

ひょうたん@.jpg

飛龍頭とは関西でいう「がんもどき」のことです。ちなみに「ひろうず」「ひろうす」ともいいます。

昨年、岡山のおでんやさんでメニューに「ヒローズ」と書いてあったけれど、がんもどきのことだったんですね。食べればよかった・・・。

飛龍頭の上にお大根のひょうたんが!

ひょうたん.jpg

こういう細かいお仕事が女心をくすぐります(*´∀`*)

薬草の天ぷらも、衣が薄く美味でした!!

@天ぷら.jpg

ユキノシタ・ヨモギ・ドクダミ・トウキ・ゲンノショウコ。

葉っぱの下に大棗(ナツメ)の実を揚げたものも隠れていました。

甘くて美味しい〜( ´艸`)

でも、私が1番感動したのがトウキ!

口に入れた瞬間、トウキの匂いや風味が広がります!

可能であればもう1枚食したかった・・・(;ω;)

そして、ご飯ものには黒米です。

ご飯もの2.jpg

器が黒く、黒米が目立たないのが残念ですが、プチプチもちもちした食感。

最後にデザート。

デザート.jpg

左の竹の器はドクダミのシャーベットでした。

あえてドクダミで勝負をするのかと食べる前はドキドキでしたが、口に入れると意外にさっぱり。

デザートも完食し、ごちそうさまですヽ(*´∀`*)ノ.+゚

今回の献立はお箸の袋に書いてくださっています。
※季節によって内容の変更あり

献立.jpg

薬草づくしのお料理を堪能できる『大願寺』さん、是非1度足を運んでみてはいかがでしょうかヾ(o´∀`o)ノ

おなかいっぱいで苦しい状態で皆で記念写真を撮った後、は本命の『森野旧薬園』を目指して『大願寺』さんを後にします。

次回で最後ですよーヾ(。・ω・。)
posted by なつめ at 14:15| 日記

2016年05月18日

奈良県大宇陀に行ってきました@

師匠の大学時代の先輩にお誘いいただき、5月15日(日)に師匠と一緒に奈良県にある大宇陀(おおうだ)に行ってきました(。・ω・)ノ゙

大宇陀のある宇陀市は、古代には「阿騎野(あきの)」と呼ばれ、宮廷の薬狩りの地とされた土地で「薬の町」と言われています。

611年(推古19年)、推古天皇が陰暦の5月5日に薬狩りを行ったと「日本書紀」に記録が残っており、天武天皇・持統天皇(天武天皇の皇后)の時代にも薬狩りが行われたと文献に残っているそうです。

薬狩りとは、強壮剤とされた若い鹿の角を取る狩りのこと。

男性は狩りを、女性は薬草を摘んでいたそうな。

推古天皇が薬狩りをした後、薬狩りは恒例行事となったらしく、その故事に由来して5月5日を「薬日(くすりび)」としたそうです。

一般的には「こどもの日」として親しまれている5月5日ですが、実は「薬の日」でもあるのです。

そして、室町時代から江戸時代にかけては、宇陀市のある地域は大和と伊賀・伊勢を結ぶ庶民のお伊勢参りのルートにあたり、宿場町として繁栄したそうです。

さて、そんな大宇陀に訪れた私たちが最初に行ったのは『薬の館』です。
(参考サイト:奈良県観光[公式サイト] あをによし なら旅ネット)

薬の館.JPG

「薬の町」である大宇陀ですが、その最盛期には50軒以上の薬問屋が軒を並べたほどだそうですΣ(゚д゚;)

その薬問屋の1つである旧細川家住宅を利用した歴史文化館が『薬の館』です。

江戸時代末期に建築されたとされる旧細川家住宅は、藤沢薬品工業(現アステラス製薬株式会社)の創設者である藤沢友吉さんのご実家であり、宇陀市の文化財の指定を受けています。

表に掲げられた手の込んだ造りの銅板藁唐破風附(どうばんぶきからはふつき)看板は、現在では製作が困難な貴重なもの。

天寿.jpg
↑銅板藁唐破風附看板

看板のお値段は家1軒が建っちゃう金額らしく、細川家がどれだけ繁栄していたか伺えますね。

ちなみに看板にかかれている「天寿丸(てんじゅがん)」と「人参五臓圓(にんじんごぞうえん)」は、1835年に発売された腹薬のことで、細川家の主力商品だったそうです。

中に入ると、これまた「人参五臓圓」の立派な看板がお出迎えしてくれます。

師匠もご満悦(笑)

師匠.JPG

そして「人参五臓圓」の銅板の左にあるのは、小さな引き出しがたくさんある薬味ダンス。

個人的にはこの歴史を感じさせる薬味ダンスがツボでした。

薬味ダンス.jpg

薬種(薬の材料)の貯蔵用の大きな壺も。

薬のかめ.jpg

これ、私が正座すると、座高より高さがありました!大きい!

どんな薬種をいれていたのでしょう。

そして、さすが薬問屋さん!

昔使われていた木製看板もたくさん展示してあります。

看板たち.jpg

現在も販売されている薬の看板は、やっぱり目をひきます。

「浅田飴」
浅田飴.jpg

「太田胃散」
太田胃散.jpg

「救命丸」
救命丸.jpg

うまく写真に撮れませんでしたが、館内には藤沢薬品の貴重な資料も展示されています。

余談ですが、藤沢薬品工業の他にもツムラやロート製薬などの創始者の方々も宇陀市出身だそうです。

(ガイドの方が他にも挙げられていたのですがメモしきれず・・・(;ω;))

さすが「薬の町」だなぁ、とガイドさんの話を聞きながら思ったものです。

生薬の展示も少し。

生薬.jpg

1番下の左に、漢方薬の原料である生薬の厚朴(こうぼく)の果実が!

厚朴.jpg

厚朴は、日本や中国などに自生しているホオノキの樹皮を乾燥させたもの。

その果実を見るのは初めてだったので、しばらく見とれてしまいました。

こちらは中庭。

日本列島.jpg

配置されている石ですが、何に見立てて配置されているかわかりますか?

実は日本列島なんです。

日本列島2.jpg

隠れてしまっていますが、印をつけている石が北海道。

本州、手前に四国と九州もきちんとあります。

土間部分には、古いカマドもそのまま残されていました。

カマド編集.jpg

本当に豪華なおうちでした。

と、満足したところで時間切れ。

『薬の館』は薬に興味がなくても、古い建物やレトロな看板やパッケージがお好きな方であれば楽しめるところだと思います。

興味があれば是非遊びに行ってみてください(^ー^* )

『薬の館』を見学して既におなかいっぱいになりつつあったのですが、実際におなかをいっぱいにするために次の食事処へ移動します。

長くなってしまったので、それはまた次回。。。(*'-'*)
posted by なつめ at 10:35| 日記